◯◯ちゃん勉強できていいな
よく聞くこのセリフは
同じ条件
その子と同じ姿勢で
同じ努力量で物事に取り組んだうえで
それでも実力差を実感したときにこそ
出てくる言葉であるべきだと考えている
努力をしたうえでのリスペクトならば
素直な称賛として成立する
ただ実際は
そうではないケースばかりだ
自分がやれていないことを
見ないまま比較するからズレが生まれる
まるで才能だけで差がついたかのように思い込む
本当に羨ましいと思うならば
真似をすればいい
でもそれができない
わかっていてもできない
単に行動をコピーすることではなく
その人と同じ努力、習慣、姿勢を受け入れることだから
羨ましいと言いながら
その生活や努力を本気でトレースする覚悟がない
だから言葉だけで終わってしまう
◯◯ちゃんはいいなと憧れつつも
結果が違えば
土台が違うから無理と言う
その土台を今から作る努力をしようとは
ならないものなのか
そこを避けたまま羨むだけというのは
やっぱり違う気がする