個太郎塾ふじみ野教室 -埼玉県富士見市-

勉強大好き変わり者の塾長です。変人と呼ばれることもしばしば・・・ブログを読むとわかります笑

【終わりじゃない節目】 ── 成人式に考える「はたち」とハレの日の意味

成人おめでとう

手の指、足の指、すべてを使って数えられるのが二十

指を使い切ったその年だからこそ、二十歳は「はた(果た)ち」

 

数えきった、という感覚が名前に残っている

ここがまず、面白い

 

二十歳は「にじゅう」でも成立する

それなのに、特別な呼び方が残っている

そこには、単なる年齢以上の意味が込められている

 

果たした、という言葉は終わりを連想させる

でも実際は、その逆だ

子どもとしての役割を果たし終えた、という区切り

だからこそ、ここからが始まりになる

 

成人式が「ハレの日」と呼ばれるのも、同じ文脈だろうか

ハレは、非日常

特別で、区切りで、社会に見せる顔の日

 

一方で、ケという言葉がある

こちらは日常

繰り返される生活であり、普段着の時間

 

ハレは年に何度も訪れない

成人式も、卒業式も、結婚式もそう

でも、それだけでは人生は進まない

 

大切なのは、ハレとケの往復だと思っている

ハレの日に立ち止まり、意味を確認する

そしてケの日に戻り、淡々と積み重ねていく

 

成人式はハレの日だ

でも、本当の意味はその先にある

ケの日をどう生きるか

そこに、大人としての時間が流れ始める

 

果たした、その先へ

静かに、でも確かに、今日からが始まりだ