学びの途中で -個別指導塾の現場から-

勉強大好き変わり者の塾長です。変人と呼ばれることもしばしば・・・ブログを読むとわかります笑

誰かの役に立ちたいという名の祈り。生徒の「できた」が嬉しいから、私は続けている。

誰かの「できた」が嬉しくて

毎日課題を送り続けている自分がいる

 

それが“役に立っている”という実感につながるなら

それだけで十分だったりする

そんなふうに思える日がある

 

役に立ちたいと思う気持ちが

たぶん、ずっと昔から自分の中にある

 

それが強すぎると思うこともあるけれど

でも、やっぱり私は

そういう自分が嫌いじゃない

 

毎日、課題を送る

 

それが負担とか義務とかじゃなく

自然にやってしまうのは

どこかで、誰かの「できた」が

自分の喜びに重なっているから

 

「楽しかった」

「これならできるかも」

 

そんなひとことを

たったひとりでも言ってくれたなら

その日はもう、十分すぎるほど嬉しい

 

無意識だけど

自分よりも、誰かが笑ってくれる方が嬉しい

 

だから、ときどき

こっそり泣いてしまうことがある

 

悔しさじゃない

悲しさでもない

 

“役に立てた”っていう

あたたかい確信みたいなものが

ふっと胸に降りてきたとき

 

ああ

自分はこういう人間なんだなって

その瞬間だけは

ちゃんと、受け入れられる

 

それでいいと思う

 

たとえば、今日も

誰かの力になれていたら

それが何よりの“ごほうび”なんだから