志望校を下げたところで
勉強量や習慣が変わらなければ
結果は同じ
「もう少し現実的に…」という言葉
その“現実的”という響きに
どこか安心感を覚える気持ちはわかる
けれど、それは現実を見据える行為ではなく
ただ“努力の総量を減らすための理由探し”に
すり替わってしまうことが多い
下げたところで
やることは何も変わらない
英単語を覚えることも
過去問を解くことも
基礎を固めることも、全部一緒
むしろ、ゴールが近づいたと錯覚した瞬間に
人は手を抜く
“まだ時間がある”という油断が
静かに忍び込んでくる
そして、気づいたら日々の勉強時間が減り
「まあ、これくらいでいいか」と
自分を甘やかす癖がつく
無意識にね
それが一番怖い
人間は弱い
だからこそ
目標を下げると
心も一緒に下がってしまう
第一志望校に対する情熱は
本当にその程度だったのか?
届かないと思う理由を並べる前に
やれることを全部やっているのかを
一度、冷静に見つめてみてほしい
平日は5時間
週末は8時間
それくらいの勉強を積み重ねてきたのか?
本気で走り抜けた結果
それでも届かないと思えたとき
ようやく“現実的な判断”ができる
志望校を下げて未来が変わるのではない
努力を積み上げていくことでしか
未来は変わらない
逃げ道を選ぶより
戦い方を変えるほうがずっといい
今やっていることを、
もう一段階深く
もう一段階丁寧に
それが、自分の未来を変える唯一の方法だと思う