個太郎塾ふじみ野教室 -埼玉県富士見市-

勉強大好き変わり者の塾長です。変人と呼ばれることもしばしば・・・ブログを読むとわかります笑

1の言葉から“1”しか受け取れない子どもたち ──想像力を失う社会と言葉の読みの衰退──

「今の子たち」と

一括りにしていいのかは分からないが

日々感じるのは


“言葉の広がり”を理解する力が

圧倒的に弱くなっているということ

 

たとえば、ある文章を読んでも
その中の「1」という情報から「1」しか受け取れない


そこから派生する「2」や「3」

言葉の向こうにある“意図”や“行間”を

想像することができない

 

単に読解力の問題ではなく

もっと根の深い、想像力の問題

 

「字面」を理解する力はあっても

言葉の“射程”までは届かない


「言葉=思考を広げる道具」としては使えていない

 

「正しい意味」だけをすぐに求め

「言葉の幅を楽しむ」「意味を拡張する」ということをしない

おそらく“正解”を早く手に入れる方が安心なのだろう

 

わからなければ即検索

疑問がわけば即回答

 

待つという行為そのものにストレスを感じ

それによる思考停止が

理解の浅さを生んでいるように思う

 

たとえるなら

昔の学びは

濁った水の中からきれいな水を見つけ出す作業だった

 

今の学びは

最初から澄んだ水をペットボトルでもらうだけの作業になってしまった

 

どちらが速いかといえば

もちろん後者であることに違いはないのだが

「思考の筋肉」は前者でしか鍛えられない

 

情報を「瞬時に理解できる形」で得ることに慣れすぎた結果

“理解の速さ”を“理解の深さ”と錯覚するようになってしまった

 

つまり

  • 自分で意味を構築する力
  • 文の裏を読む力
  • 意図を想像する力

 

こうした「再構築型の理解力」が

失われつつある

 

だからこそ、いま必要なのは

“わからない時間”にもう一度戻ること


わからなさを恐れず

曖昧さの中で考え、想像し

少しずつ形を見つけていく

 

それができる人が

言葉を“情報”としてではなく

“思考の道具”として使える人なのだろう