エッセイにしても
作文にしても
テーマの掘り下げがすべてかなと思う
どんなに文が上手でも
そこに考えの深さがなければ心に響かない
きれいな構文を並べても
芯がなければ薄く見えてしまう
ではその掘り下げはどうやって生まれるのか
何もないところから突然思いつくわけではない
結局はその人の中にあるストックから引き出しているだけ
知識でも
経験でも
本を読んだ記憶でも
誰かとの会話でもいい
そういった教養の蓄積があって初めて
テーマに対して自分の言葉で語れる
無からは何も生まれない
これは英作文を通して改めて感じたこと
エッセイって文法力の試験ではない
どれだけ世界を見てきたか
どれだけ考えてきたか
その“思考の筋肉”を測られている気がする
だからこそ
机に向かっているだけでは限界がある
そこには生活があって
人との関わりがあって
日々の気づきがある
そういう“生き方の層”が文章の深さをつくっていく
つまり
文を書くというのは“自分を書く”ということ
見たもの
感じたもの
考えたこと
それらが積み重なって
自分というフィルターを通して出てくる
いいエッセイというのは
うまい文章というより
その人自身の生き方がにじむ文章なんだろうなと