YouTubeで勉強系の動画を見ていると
ふと気になるコメントがある
たとえば、受験や勉強法について
こんなふうに語っている投稿者がいたとする
「偏差値が3とか4上がるのが普通です。10以上はめったにありません」
そんなふうに“地に足のついた”現実的な内容が語られているのに
なぜかコメント欄にはこういう声が混じってくる
「いや、10上がったやついるし」
「3ヶ月で20上がった人、知ってますよ」
なぜここに「外れ値」をもってくるのか
しかも、本人のものではない
他人のものだ
「そういうやつがいた」ってだけの話を
“複数いる前提”みたいなトーンでさらっと書いていく
本来、全体を見て語られるべき情報のなかで
極端にうまくいったケースだけが
目立ち、共有され
そして次第に、「普通かのように」受け取られてしまう
「事実を書いただけ」
「誰にも迷惑かけてないし、信じるかどうかは自己責任でしょ」
そう思っているのかもしれない
いや実際はどう思っているかまではわからない
でもいるのだ
その言葉を信じる子は
「それくらい上がるのが普通なんだ」と
いつのまにか期待値が書き換わってしまう
そして
結果がついてこなかったとき
期待と現実のギャップに、苦しむのはその子自身
“ハズレ値”のコメントが
知らず知らずのうちに
その子の“判断”や“未来”を狂わせてしまうことだってある
もちろん、偏差値が大きく上がる子はいる
それは否定しない
でも、それは“誰でも同じようにいける”という意味ではなく
あくまで「例外」であり
「特別な条件」がそろった上での結果
大事なのは
平均的な努力の中で成果を出していく設計だと思っている
情報を発信する人も
コメントを書く人も
「誰にも迷惑かけてない」なんて思いがちだけど
迷惑って、“かけたかどうか”より“かかったかどうか”で決まる
ちょっとした言葉が
誰かの期待を変え、道を変え
その子の未来さえ揺らしてしまうことがある